手書き文字の形について。  TOP 
4、形と筆順。 筆順から形が形成されたか、形から筆順が出来たか。
               .       古人の(右)(左)字から推考。  他 ( 有・広 ) 字
図1
後漢(25〜227)
許慎 ・説文解字
図.2
清・顧藹吉 選
 隷辨 ( 1718 )
図.3
後漢・筆者不詳
曹全碑 ( 185 )
図.4
唐・欧陽詢
( 557〜641 )
九成宮醴泉銘
図5
唐・
(596〜568)
雁塔聖教序
.
唐・欧陽通
( ?〜691 )
道因法師碑
筆順は文字という形があっての存在ですが、形から筆順が出来た様子の
例として古人の 『 右 』 字を並べて見ました。 
図の下部は、時代・筆者・年代・出典を表 しています。
( 画像は二玄社・書源から抽出掲載 )

図1( ) 説文(せつもん)は(右手)と神に誓う祝詞(のりと)を入れる器(口)の象形文字で筆順は上から(後の左払い)から始まっています。
図2( ) 隷辨(れいべん)は清の顧藹吉(こあいきつ)が漢代の隷書(れいしょ)を写し取り分類し刊行されたもので多くの隷書( )と同様に立てていた腕になる部分を横に寝かせた
横画( )になっています。
図3( ) 曹全碑(そうぜんひ)は隷書の中でも優しい隷書になりますが、手のひらにあたる上部が退化( )した様子の左払いになり、横画を更に強調 しています。その後、早く書け書きやすいという利便性( )から楷書に移行しますが、この左払いを短くし、横画( )を長くした形が定着します。
図.7 図.8 図.9 図10
隋・智永
(? 〜?)
真草千字文
唐・孫過庭
(648 〜783 )
草書千字文
唐・孫過庭
(648 〜783 )
書譜
唐・李よう
( 678〜747 )
李思訓碑
図4は隋から唐の楷書で隷書よりも筆づかいがシンプルになっています。今日の楷書の典型となった形で、中でもの欧陽詢とは唐の三大家に数えられ、それぞれが独自性を発揮しています。
図710はくずした形になります。このように 『 右 』 字の形を見ていきますと、左払いから横画を書くときに早書きしていく際に左払いが短くなっています。そして、この左払いを先に書く文字の特徴としては、
1、左払いを短くし、
2、横画を長く強調 して、
3、その後の筆画は通常、左払いよりも下がる
    ように書かれます。 ( 右図○印 )
     これは( 布・有・希 )字なども同様です。

したがって、文字の形と筆順の関係は
『 左払いを先に書く 』 という筆順で書き続けていく過程で、その筆順から形が形成されたとも考えられます。

                        以下は古人の 『 左 』 字を拾い出 しています。    
後漢(25〜227)・
許慎
説文解字
清・顧藹吉
隷辨 
 
東晋・王羲之
 (321〜379)
十七帖
東晋・王羲之
 (321〜379)
喪乱帖
東晋・王羲之
 (321〜379)
蘭亭叙
東晋・王献之
 (344〜388)
洛神十三行
隋・智永
 (?〜?)
真草千字文 
 
平安・空海
(774〜835)
風信帖
北宋・
(10 51〜1107)
快雪堂尺牘
元・趙子昂
(1254〜1322)
行書千字文
左上図の説文は神事において(左手)に呪具の(工)を持つ形になります。
また、筆順は説文や続けた文字の王羲之やなどを見ても分るように横画を先に
書き払いが後になっています。そして形は以下のように
1、横画を短くし 
2、左払いが長くなり 
3、その後の筆画は中心より右に寄せて
4、左払いの下部よりも上に位置しています。 (右図○印)  
もっとも、上に位置する場合は楷書や行書の場合で上図
王羲之の十七帖や喪乱帖は草書の部類になるでしょう 。
喪乱帖は日本独自に崩したひらがなの(さ)の基になっています。
リンク  主になる画は 『 横画 』 か 『 はらい 』 のどちらかを強調。
        36、部首が 『 右手の場合 』 は横画を長く。  ( 右・布・有・希 )など
       37、部首が 『 左手やその他の場合 』 は、はらいを長く。  ( 左・広・存・在 )など

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